引きこもりの大学時代~glee編~

引きこもりだった大学時代、寝食を忘れてハマっていた海外ドラマがもう一つある。

それはgleeだ。

 

こちらは放送終了したのが2015年なので割と新しいドラマである。世界中にファンがいて、youtubeなどには関連動画が溢れている。

 

gleeのどこが良いのかと言うと、それはもう何と言っても「歌唱パフォーマンス」だ。

ストーリー自体はかなりドロドロしていて、あっちとくっついたりこっちと別れたり、とても子どもに見せられるようなものではないのだが、そんなことはどうでもよくなるくらい歌のシーンが凄い。

 

gleeは簡単に言えばミュージカルドラマで、一回の話で何度も歌唱シーンがあり、往年の名曲から今流行りの曲、更には出演者が自作した曲まで数百もの曲が歌われている。

 

だからyoutubeにはその歌唱シーンの動画が山ほどアップされていて、検索するとオリジナル歌手の動画より上に来ていることもしばしば。

 

中でも私が一番好きなカバー曲が、マドンナの「Like a virgin」である。

このシーンでは三組のカップルの「初体験」のドキドキを映しながら全員で歌っているのだが、これは口で説明しきれないので是非とも実際に観ていただきたい。

 

これを観ればみんなgleeにハマること間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

引きこもりの大学時代~フルハウス編~

引きこもりだった大学生の時、私が家で何をしていたのかと言うと、とにかく観ていた。

 

テレビ番組も観たし、映画やアニメも観たけれど、その時一番観ていたのが海外ドラマだった。

 

一時期私は有料動画サイトで配信されていたフルハウスに物凄くハマっていた。

その時のことを思い出すと、まず頭に浮かぶのが早朝の景色。

夜通しフルハウスを観て、気づけば朝になっている、そうゆう生活を送っていたのだ。

まさに寝食を忘れる面白さ。

 

フルハウスとは80年代にアメリカで放送開始されたホームドラマで、日本でもNHKで放送されていたのだが、小さい頃よく観ていて大好きだった。

10年に渡り放送された長寿番組で、現在も根強いファンが多く、昨年待望の続編であるフラーハウスが放送開始されたほど。Netflix限定配信なのだが、日本でDVD化が決まっているのでとても楽しみだ。

 

とにかく私はフルハウスが大好きなのだが、フルハウスはただ面白いだけでなく学ぶことが沢山ある。

それは、三人姉妹の父親・ダニーの教育論だ。

毎回誰かが問題を起こしてダニーに説教されるのだが、それが本当に素晴らしくてまさに子育ての手本と言うべき内容なのである。

 

ダニーは必ず子どもの視線に合わせて屈み込み、子どもの手を握りながら、何故今叱られているのか教える。それが何故いけないことなのか、どうすれば問題が解決するのか、子どもが納得して反省できるように促すのだ。

 

子どもを頭ごなしに怒鳴りつけて物置に閉じ込めるのでは何も伝わらない。

きちんと話をすることが大切なのだと、大学生の私はダニーから教えられたのだった。

 

 

まあ、その時も今も私に子どもはいないんだけども。汗

 

 

 

 

引きこもりの大学時代

大学生の時、私は引きこもりだった。

今でもそうなのだが、本格的に引きこもり化したのはその時からであった。

 

 

高校の時は、レベルの高い部活に入ったことと勉強が全く付いて行けなかったこととが原因で、毎日毎日部活と勉強しかしてこなかった。

自宅からかなり遠い高校だったので毎朝早起きしなければならないし、帰宅するのはいつも20時過ぎ。

多忙な高校生活に心底疲れ切っていて、だから大学に入って一人暮らしの自由を手に入れた途端にダメになったのだ。

 

 

とは言っても、最初の頃は高校時代の名残のおかげで毎日一限から大学に行っていたし、バイトにも行っていた。

何も初めから引きこもっていたわけではない。

 

しかしそれは2年が限界だった。

3年生になって就活をするからとバイトを辞めてからというもの、まったく外に出る気がなくなってしまったのだ。

大学に行くのも買いものに行くのも億劫と感じるほどで、もちろん就活などやれるわけがない。

 

そこから私はどんどん引きこもり化していった。

大学の単位は1、2年の時に真面目に授業を受けていたおかげでなんとかなったが、卒論は何としても書かなければいけなかった。

だからそれは家で頑張って書き、何回か教授に見せに行ってどうにか完成させ、無事に卒業することができた。

 

 

 そして就職もしないまま実家に戻って今に至るわけだが、私はあの引きこもり生活を悔やんではいない。

そりゃ人が見たらなんて自堕落な奴なんだと思われるだろうが、私はあの頃本当に充実していたのだ。

 

そのことについては次のブログから詳細を語ろうと思う。

子ども向けアニメの話。

私の一番の趣味と言えば、子ども向けのアニメを観ることである。

 

最近は大人向けのアニメも沢山あるが、ああゆうものは残虐だったり性的だったりしてどうも好きになれない。

やはり、のんびりとした気持ちで観られるアニメが一番だ。

 

 

数ある子ども向けアニメの中でも、特に好きなのが「5歳児が出てくるアニメ」。

クレヨンしんちゃん』や『おじゃる丸』がそうだ。

 

どちらも長年放送されているアニメだが、時代と共に変わってきていて、その変化によってどんどん面白くなっている。

 

たとえばおじゃる丸は、初期のおじゃる丸は本当にわがままで威張りくさっていて可愛げのない子どもだったのだが、最近のおじゃる丸はなんだか可愛い。

とにかく居候先の少年・カズマのことが大好きで、「かじゅまー、かじゅまー」と甘えている。

あるときちょっとカズマに冷たくされて、「かじゅま、マロのこときらい?けんたいき?」と意味も分からず言っていたのは本当に可愛かった。

 

そういったところでは、クレヨンしんちゃんしんのすけも可愛くなったと思う。

しんのすけと言えばいつもきれいなおねいさんを見つけてはナンパしている印象だが、最近は割と子どもらしい素直で幼い部分を見せることが多くなった。

 

 

このように、5歳児の子どもは本当に可愛い。

私も5歳児になりたい。

5歳児ならただ生きているだけでちやほやされるのでなんとも羨ましいものだ。

私もそのように素晴らしい人間にならなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして一日は過ぎ去る

起きるのは大体7時くらい。

洗面所に行って顔を洗って歯を磨く。特に人に会う予定が無ければ髪は梳かさない。

 

居間には早起きの父がいるが会話は交わさない。

中学の時からどうもウマが合わないのだ。それでも別にどっか行っちまえとは思っていない。

 

台所でコーヒーを煎れていると母が起きてくる。寝起きが悪いので朝は苦手なのだ。

母は寝ぼけながら父が用意した朝食を食べ、朝の連続テレビ小説を観る。

 

私は連ドラには興味が無いので台所で母のお弁当を作る。

と言っても大体おにぎりだ。ふりかけを混ぜただけだったり、シーチキンを入れたりして大きめのを2つ。

それを母の仕事用カバンに入れたら朝の仕事は終了する。

 

母は仕事に出かけ、数年前に定年退職して現在主夫をしている父は洗濯に取り掛かり、私は自室へ戻る。

 

自室に戻って何をするかと言うと、仕事したり仕事してるふりしながらゲームしたり気ままに昼寝したり、まあ自由に過ごす。

滅多に外に出ないが、自室の窓を開けて裏の家の犬に話しかけたり、その飼い主に見つかって慌てて隠れたりはする。

 

そうこうしているうちに夜になって19時すぎには母が帰ってくる。

ごはんと味噌汁は父が用意しておくので、私はおかずだけ作ればよい。

みんなで晩御飯を食べながらテレビを観て、各自風呂に入り、母はビール飲んでストーブ前で雑魚寝する。

 

私はそんな母の横で仕事したりテレビ観たりする。

0時過ぎたら母を起こして寝室に連れていき、私も就寝。

 

 

 

まあこのようにして毎日過ぎていくわけだが、ご近所さんからたまに来る「あんたんとこの娘って、何?」という問い合わせに両親は何と答えているのか、私は知らない。

 

 

 

 

 

 

北大路公子といふひと

私が最近物凄くハマっている人がいて、その人の名前は北大路公子さんと言う。

 

念のために説明しておくと、俳優の北大路欣也とは何の関係もないので注意されたい。

 

その北大路さんは北海道に住むフリーライターで、日々の出来事などを綴ったエッセイ本を何冊か出している。

 

現在50代独身・両親と実家暮らしの彼女は、とにかく脱力系ライターだ。

書くことと言えば酒飲んで泥酔して昨夜の記憶がないとか、確定申告が面倒だからとりあえず飲みに行ったとか、税金払うための金で飲みに行ったとか、そのような酒絡みのエピソードばかり。

 

酒以外はと言えば、雪かきの話や両親の愉快な生態や、友達から鍋買わされそうになった話など。

話の内容は著者の身の回りで起きた実にくだらない出来事ばかりなのだが、妄想やホラ話を交えながら語られているので話がとんでもない方向に行ってしまうこともしばしば。

 

毎日同じことの繰り返しのように見えるその生活が、しかし何故かすごく笑えるのだ。

何度読み返しても決して飽きることはない。

 

それはやはり、実は北大路さんは才女であって、くだらない文章の中にも卓越したセンスがきらりと光るからではないだろうか。

 

私のおすすめは一番最初に読んだ「生きていてもいいかしら日記」である。

それを読んで気に入ったら、「頭の中身が漏れ出る日々」、10年以上前に書かれた日記を書籍化した「ああ無情の泥酔日記」シリーズも最高に笑えるのでぜひ読んでもらいたい。

 

 

 

猫と私の一年

私には息子がいる。

 

そう言うとあらぬ誤解を招くのだが、正しくは、猫の息子がいる。

なんだ猫かー、と思われるだろうが、私にとっては大事な息子なのだ。

子どもを産んだことがないので分からないが、たぶん自分の子と同じくらい大事な存在だと思う。

 

その子が我が家に来たとき、手足は長いがガリガリに痩せていて、はっきりとした年齢は不明だった。しばらくして乳歯が抜けたので、生後半年に満たないくらいだったのだろう。

 

駐車場に捨てられ餓死寸前だった彼は、その後すくすくと育っていった。

とにかく元気いっぱいで食いしん坊でよく鳴くので、本当の赤ん坊みたいに手がかかったものだ。

それでも彼は人間が大好きで愛嬌たっぷりだったので、すぐに我が家のアイドルになった。

 

そんな私の息子が我が家に来て、半年ほど経った頃。

急に具合が悪くなり、何も食べられなくなってしまった。

急いで動物病院に連れていくと、何か悪いものを食べたのでは、と言われた。

耳や目が黄色くなり、明らかに黄疸の症状が出ていた。肝臓から危険信号が出ていたのだ。

 

息子は一時生死の境を彷徨ったが、一週間入院したあと、元気を取り戻した。

 

 

私は息子が死ぬかもしれないと思った時、私の寿命を全部あげてもいいから生きてほしい、と必死の思いで祈った。

誰かを愛するということは、きっとそうゆうことなんだろうと思う。

 

今息子はすっかり大人になり、パートナーを求めて自立の旅に出ている。

さびしくないと言えば嘘になるが、私には息子と過ごした一年の思い出があるからそれで充分なのだ。

 

次に会う時は、奥さんと子どもをわらわら連れてきてくれたら嬉しいな。